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バレエスタジオの近くにある、ニコライバーグマンカフェというところで奄美大島の展示をやってました*



すてき展示!
奄美大島、いきたーーい!


このニコライバーグマンカフェってのもすっごくすてきなんです。
今度お茶しにいこうっと。



この頃ですが、
なんだかさみしさみたいなのに取り憑かれていて、周りにたくさん人がいてくれてるのに、なんでしょうね?
この、地に足つかない感じ。


数年おきに、いろいろな感覚にとりつかれます。

2.3年前までは「自分が自分でない」みたいな感覚に取り憑かれてて、ときどきふと襲われていて。
透明のブヨブヨした皮をかぶって生きてるみたいな、どんどんどんどん俯瞰していってしまってのめり込めないような、感覚。


ちょっとした悩みだったのでそのとき一緒に住んでいた子に聞いてみたら、

「私にはまったくわからん」

という風に言われたのです。

マジか!てなった。
きっとそういう感覚を味わったことある人ってけっこういるんじゃないかと思うんです。
どうなんだろ。


もうひとつ、2年くらい前まであった感覚なのだけど、頭のなかが雑音で溢れるような。
いろんな言葉とか音でばばばばーーって頭がいっぱいになるのです。
この感覚味わったことある人いたら、ぜひ語りたい。



どっちのもここ1.2年の気づかないうちに
なくなって、代わりにこの頃は


「地に足つかないさみしい感じ。」


25年の短い人生で一番さみしかった時期は20歳で一人暮らしを始めたときだったのですが、そのときのさみしさって、人との関わりのなかで抱えてたような感じなのですが。
世界中にたったひとりだぜぇぇみたいな。
(これを中二病と人は呼ぶの?だとしたら恥ずかしいね?)


最近のさみしさは、時間とのお付き合い?とでもいいましょうか。
周りにはたくさん人がいてくれるんだけど

もうひとりの自分が

このまま年をとっていって、
どうなるんやろ。
むしろどうなりたいん?
何がやりたくて、何がやりたくないん。



って語りかけてくる、みたいな。


なんか、夢を追ってる人ってキラキラしてるっていうか、目標を立てて実現していくことは一種の快楽だと思うんですね。
少なくとも、私は快楽に感じます。


なんかずーっとそれが楽しかったんだけど、
最近、あれ?


なんのために?


って止まってしまう。





うーん。



「好きだから。」




そう、ほんとそれだけなんだけど、
それだけで大体の時は足りちゃってるんだけど、



ふとしたときにあれ?って引っかかって、

考えるのをやめてたんだなぁと気づかされる。


それで考えてみるんだけど、答えが出ないうちにまたただただ楽しくてたまらない時期が来るので考えるのをやめる。
その繰り返し。




楽しいって最強だけど、
楽しいだけを頼りにするには私は飽きっぽいみたい。





そんなところですかね。



小角まや

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